パテに夢中
パテ・アン・クルートの歴史を紐解くと、グルメ史が見えてきます。中世にはすでに、肉や野菜、果物をパイ生地に詰めた料理が西洋の食卓を彩っていました。パイ生地作りはパティシエの専売特許。当時、パイの部分は必ずしも食用とされてはいなかったようですが、それでもパティシエたちは腕をふるい続けました。18世紀初頭には「パテ・アン・クルート」と呼ばれるようになり、波あり谷ありの新しい物語りが始まります。1980年代の初め、農産業界がこの極上の料理を悪用していたことが発覚します。一気にファンが離れてしまい、困難な時期を迎えます。それでもすべてのファンが離れることはなく、リヨンとその周辺地域に暮らす一部の根強いファンによって「パテ・クルート」の火は灯され続けました(リヨン周辺では「パテ・クルート」と呼ばれます)。そして、2009年に第1回パテ・クルート世界選手権が開催されると、人気に再び火が付き、レストランのメニューにも登場するようになりました。その理由は…
匠のわざ
「こんな料理は他にありませんよ」と断言するのは、1930年創業のメゾン・ヴェロを率いるニコラ・ヴェロシェフ。シャルキュティエとして総菜も手掛ける彼にはよく分かっています。パテ・クルート世界選手権準優勝のタイトルを持つ父ジルの傍らで、少しずつ専門的な技術を身につけたニコルシェフは、「パテ・アン・クルートには、マカロンのように無限のバリエーションがありますが、まずは3つの専門領域の技術を習得しなければなりません。フィリングはシャルキュティエ、パイ生地はパティシエ、フォン(出し汁)とジュ(肉汁)は料理人の領域です」と、語ります。仕込みに20時間以上もかかることがあるほど、気の遠くなるような作業が必要とされるのです。「ブリストル・パリ」で三ツ星を獲得し、MOF(フランス最優秀職人賞)も受賞しているエリック・フレション(Éric Frechon)シェフは、「フィリングの調理加減とパイ生地の良し悪しが、パテ・アン・クルートの出来を左右します。パイはサクサクとした食感を、フィリングはしっとりとした食感を保たなければなりません。もちろん、ジュレの扱いも重要です。主張しすぎても、控えめすぎてもいけません」と、教えてくれました。
世界的な評価
今や、料理人たちの熱意には歯止めがかかりません。この12年間、クリスマスの時期になると、パテ・クルート世界選手権に世界中の料理人が集まり、腕を競っています。フランスからの参加者がほとんどですが、アメリカやアジアからの挑戦者も存在感を増してきています。実は、2014年、2017年、2019年と優勝カップを手にしたのは日本人でした。2021年も日本が凱旋し、優勝は福田耕平シェフ、第3位に輝いたのは中秋陽一シェフでした。このことから、パテ・アン・クルートが世界的に認められつつあることが見えてきます。前出のニコラ・ヴェロシェフは「長く培われた伝統とバリエーションの豊かさに加えて、写真映えすることが功を奏したのでしょう」と、その理由を分析します。パテ・アン・クルートはソーシャルメディアを使って世界に向けて発信するのにぴったりな料理なのです。インスタグラムでは、シャラン鴨、フォアグラ、キジ肉、牛タン、豚、鶏レバー、赤ポートワイン、コニャック、ピスタチオなどを使った新チャンピオンの作品から、豚、タコ、フォアグラ、チョリソーを使用した、より個性的な一品まで、選手権ファイナリストたちの作品が目を引きます。二コラシェフのメゾン・ヴェロではクリスマスに向けて、リー・ド・ヴォー(仔牛の胸腺)、プレ・ジョーヌ(黄若鶏)、ペルシュ豚とモリーユ茸を詰めた温製パテ・クルートとシャンパンソースにボランジェのグラス添えた豪華なペアリングを提案しています。今後も、パテ・アン・クルートの躍進から目が離せません。
Taste France Magazine パテ・アン・クルート セレクション
パテ・パンタン(Pâté Pantin)
豚肉と仔牛肉をフィリングに、長方形または楕円形に仕上げるスタンダードなパテ・アン・クルート。
パテ・ド・ウーダン(Pâté de Houdan)
ウーダン鶏とピスタチオのフィリングが垂涎の、伝統的なパテ・アン・クルート。
ロレイエ・ド・ラ・ベル・オーロール(L'Oreiller de la Belle Aurore)
伝統的なものでは、豚肉、フォアグラ、ウズラ、鹿、リー・ド・ヴォー、マガモなど10種の肉にトリュフやモリーユ茸などを加えて作るシャルキュトリー界の記念碑的パテ・アン・クルート。小林 圭 シェフをはじめとするトップシェフたちの好奇心をかき立てるのもうなずけます。
Contributor
エディター